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自己責任

今ある現実は全て自分の選択。

しかし、最近思うことは、
自己責任の欠如。

国が悪い、社会が悪い、会社が悪い、学校が悪いなど、
何でも責任転換しているような気がする。

確かに、これらの影響は大きいが、
人生の全てが自分の選択で決まる。

全て周りの責任にしてたら、
その人は単なる操り人形にしか過ぎない。


『人として生きていない。』


それなのに、安易に何かの責任にする人が
多いような気がする。

何でも国や社会の責任にするマスコミの影響も
あるのかもしれないが、
自己責任の欠如は国自体の存続すら危ぶまれる。


秋葉原の歩行者天国が2年振りに復活するらしい。
2年前の無差別殺人事件が閉鎖の原因だ。

あの事件は本当に許しがたい。

遺族の心情を考えると、
本当にやりきれない事件だ。

当時は派遣切りが問題になっていたが、
マスコミは加害者のおかれた立場が
事件を引き起こしたように報道していたのを覚えている。

そう、社会の歪みが引き起こした事件だと・・・

大きく捉えれば、全て国や社会に責任転換することが、
出来るかもしれない。
(しようと思えば、何でもそうなる。)

しかし、その状況を受け止めて、
行動するのは自分の責任。

僕という人間も、
今まで色々な影響を受けながら
形成されてきたかもしれないが、
別に国や社会や他人につくられたわけではない。

頭の上にアンテナがあって、
誰かに操縦されているわけでもないし、

脳の中がプログラム化されて
全ての行動がオートメーション化されてるわけでもない。

僕が全自動洗濯機だったら話は別だ。
(極論ですが・・・)

こんなことしたくないのに・・・


もっと違うことをしたいのに・・・


などと言っても、
ボタンを押されてしまえば
どうすることも出来ないだろう。

全て何かの責任にする人は、
まるで、自分が全自動洗濯機になったようなことを言う。


『ボタンを押されたので、このように行動しました。』


そんなことを言っているのと同じだ。

人間だから当然のように感情はある。
喜ぶ時もあれば、不満や怒りもあるだろう。

しかし、それは全て自分が選んだ感情。
誰も、喜べとか、怒れとかは言わない。

全て自分が選んだこと。

しつこいようだが、起こりえる全ての事は、
自分の選択によるものだ。

責任を持てる人達が集まることによって、
本当の助け合いというものが生まれるのだと思う。

何でも責任転換する人達が集まったら、
助け合いの精神など生まれない。


一度きりの人生


全て自分の責任として、全うしたいものだ。
by sasaki-ryosuke | 2010-05-28 22:18 | 想い・考え

アメリカ発、世界的企業が導入している「ドリームマネジメント」のセッションを日本で初めて行った佐々木亮輔のブログです。


by sasaki-ryosuke
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